感想:イリエの情景 ~被災地さんぽめぐり~勇気も覚悟もいらない旅

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結論から言うとここまで被災地について真面目に向き合った小説、まだないんじゃないでしょうか。

 

まえおき

 

 

震災に触れる作品は、不謹慎だろうか?

あの日東北にいなかった人間がいま震災のことを知ろうとすることは不謹慎だろうか。

 

どこかで誰かが不謹慎と言うかもしれない。

それでも、私は震災に向き合うことは悪いことではないと思う。

誰かが言う不謹慎という言葉が持つ無言の圧力がよけいに勇気を必要とさせる。

 

概念としての不謹慎は海外にもある。

でも、世間という概念は今の所、どうやら日本という国家の中にしかないらしい。

自粛ムード、みたいなものは他では見られないようだ。

 

私は震災というものが不謹慎というものとセットになっているように思えてならない。

その事にずっと違和感を感じてきた。

 

震災を題材とすること、それ以降の東北地方を物語の舞台にすること。そういったもの全てに不謹慎というワードがつきまとう。

その違和感の正体がわからなくて、そこに何があるのかをずっと突き止めたかった。

喉元にわだかまりがあるけれど言葉にすることができない。その場所から先に行けないままだった。

 

 

私が好きな声優ユニット、Wake Up,Girls!(以下、WUG)は仙台を中心に東北を応援するという目的を持っている。

だから仙台に行くこともあったし、観光や食事も楽しむ。

支援ってこれでいいのだろうか。私は正しく向き合えているだろうか。

結局東北で何が起きたのか、何が起きているのか、知らないままなんじゃないか。

そんな事を時々考えるけど答えは出ないまま、なるべく笑顔でいられる日が多くなるように毎日を過ごしていた。

 

 

そんな日が3年くらい続いた。

 

 

 

イリエとの出会い。旅に出るまで

 

 

ある時Twitterのタイムラインにプロモーションツイートが流れてきた。

作者が「イリエの情景」というらしいその一次創作小説を宣伝しているものだった。

 

 

一次創作小説の宣伝にTwitterプロモーションを使っているところが目新しかった。

当時広報宣伝に興味があった私はTwitterでの宣伝にも興味を持っていた。

Twitterプロモーションはそこそこ効果はあるものの高価なのだ。

 

それでも、とにかく宣伝が大事なのだということを知っていた。

お金がかかろうが何だろうが、必要な人に届けるには多くの人に見てもらう必要がある。

創作小説を書いて、作って、売る、なんてまさに必要な人に届けていく作業だろうから、

それをやってる作者の目の付け所というか、行動力に親近感を覚えたのだった。

 

さてツイートを読んでいくと「被災地さんぽめぐり」というサブタイトルがついていた。

なんだか被災地、という言葉に「さんぽ」というワードの組み合わせというのに大きな違和感を感じたのだった。

それと、得体の知れない興味も。

 

 

作品は小説として販売されている以外にもカクヨムという小説投稿サイトで読めるようになっていた。

WUGのライブのため大阪に向かう青春18きっぷの旅。その中でさわりを読んだ。

これは書籍で読まないといけないものだ、と思った。

調べると最終巻が近々即売会イベントで販売されるらしい。通販もやっているイベントだったので、購入を即決した。

 

 

イリエの情景全3巻。家に届いても1年くらいは読めずにいた。

なんだか探していたものがここにあるような気がして、向き合うのに覚悟が必要だった。

それが被災地に関するものだから、とかそういう覚悟ではすでになくなっていた。

イリエの情景と向き合う覚悟や勢いといったものがたまたまなくなっていた。

 

 

1巻の内容を時間がないからとか言ってカクヨムで読んだりを4回位繰り返して、

ようやく読み終えたのは家に書籍が届いてから1年とちょっとした頃。

 

 

 

イリエと三ツ葉との旅の中で見えてきたもの。

 

 

イリエの情景はミサキイリエという女の子の視点で描かれる物語だ。

彼女にとって大切な友達、三ツ葉からの誘いを受けて被災地に旅立つ。

イリエは三ツ葉を知るために。三ツ葉は何かを求めて。

 

三ツ葉は知識豊かだ。いろんな事を調べて知識としている。

ある意味で覚悟が出来ている。

イリエは被災地についてほとんど調べていない。殆ど知らない。

 

イリエは神奈川県の人間だ。被災地とは関係のない日常を過ごしてきた。

だから知識なんてない。ましてや、覚悟なんてもってのほかだ。

被災地なんて行っていいのかな?という事を思いもするけれど、友達のために被災地に旅立つのである。

 

 

この本を手に取った人の多くは被災地の外側にいた、いる人だと思う。

覚悟はあるかどうかわからないけども、この物語を手に取ることはとにかく勇気がいったんじゃないだろうか。

被災地の今をこの物語から知ることになるだろうことは想像できるはず。

それでもイリエと三ツ葉と共に旅立つことを選ぶのだから、イリエと読者の立場は近い。

ある意味で不謹慎とか、そういう恐怖を飛び越えてきたもの同士とも言える。

 

 

覚悟は持たずに被災地へやってきたイリエは被災地の現実や傷ついた人々を見て消耗していく。

でも、それだけではない。

彼女の持っているコンプレックスや、彼女自身の問題を解決するきっかけにも出会う。

出会いや、そこで感じたもの、見たものを糧に彼女は大きく成長を遂げていく。

 

 

さて、被災地にはなんにも無いのだろうか。

悲しみしかないのだろうか。

震災そのものには悲しみしかないが、被災地のいまはそれだけではないと思う。

 

なぜならその地域は災害が起きる前から人が住んでいて、その時までは被災地と呼ばれることはなかったからだ。

東北は歴史がある。

他の地方と同じように中央集権的なシステムや高齢化、空洞化の中に苦しんでいた。

物価、賃金や仕事の数、医療であったり若者がいないとか、そういうものだ。

そういったもともと抱えていた問題は未解決のままである。

それが震災によって大きな被害を受けた。それだけ、というにはあまりに大きすぎる被害だけれども。

 

 

他の地方と同じように問題を抱え、普通に人が住んでいる地域である以上、

そこにある問題をどうにかしようとしているところも、どうにもならず苦しんでいる所もある。

どうにか問題に向き合うことができている地域の活気は目を見張るものだ。

被災地のいまはなんにもない、ということはないと思う。

 

 

 

「被災地だから」で遠ざけるのではなく、そのまちを見なければならない…。というメッセージを読んでいて受け取った。

そういう意味において、覚悟を持たずに被災地にやってきたイリエの視点は時々フラットなものになる。

そのまなざしに映るものはきれいなものもあるし、悲しいものもあるのだが、どれも真実に限りなく近いものを捉えている気がしてならない。

 

 

 

この物語の本質は「被災地」のみではない。

 

 

確かに舞台となるのは東北の被災地だ。

 

けれども、「青春」の要素、ロードムービー的な要素もかなり大きい。

 

そこにこの感想では多くは触れない。

イリエと三ツ葉がどんな旅をして、どんな出会いをして、どんな関係になるのか。

それは最後まで楽しみに読んで欲しい。

 

 

だが、今田ずんばあらず先生の描く、その時代を生きた人間にしかわからない空気感の描写がとても素敵なのだ。

ノスタルジー感、シズル感の描写が読者の肌感覚に近い生の感情を巧みに呼び起こす。

 

小学生の頃に「ズッコケ三人組」とか読んでた世代にはクリーンヒットすることは間違いない。

 

 

そして、この作品はフィクションである。

だから現実のその時点にはなかったものがある、ということも起きる。

 

けれども、この作品のフィクションな部分をフィクションと見抜くことは難しい。

ノンフィクションを知っているなら気付くこともあるかもしれない。

知らないなら、ノンフィクションのいまを調べなければならない。

つまり事実を考えるきっかけにもなりえる。

 

 

ノンフィクションのいま…被災地について向き合ったり調べるきっかけとしてのフィクションは、間違いなく価値がある。

フィクションを通してノンフィクションを描くことにも繋がっているのだ。

フィクションの形でなければ描けないものもある。

 

 

最後に。

 

 

まえおきで触れた部分へと話を戻したい。

 

震災で起きた事を知るのが蓋を開ける前から痛ましい。だから触れられずにいる人は多い。

関係のない日常を過ごしていくことで、積み重ねた時間が恐怖やおそれに変わっていく。

そうして過ごした被災地と関係のない日常がどんどん溝を作っていく。

 

 

確かに、どこかの誰かが不謹慎と言うかもしれない。…でも、実際に誰が言うのだろう。

殆どの場合、頭の中の世間の誰かが言うのだ。実際に言う人もいるだろうけど。

結局の所、不謹慎の皮を被った恐怖がそこにあり、大きな勇気を求められているのではないか。

覚悟、という言葉に言い換えが必要になるほどの勇気。だと思う。

 

 

でもあえて、不謹慎や被災地に対する勇気も覚悟も持たずにこの本を手に取って欲しい。

 

 

なんとなくで手に取っていいものとそうでないものが世の中にはあるだろうけど、

これはなんとなくで手に取っていい作品だ。

被災地と真面目に向き合った結果のフィクションであるということも納得してもらえるはず。

そんな作品が不謹慎なわけがないのだ。安心して欲しい。

 

 

 

 

誰もが初めて旅に出る時、一歩を踏み出す時まで少しの勇気が必要だっただろう。

 

なんだかこの物語を手に取った時、私はそんな気持ちだったように思う。

本当に旅に出たような気持ちだ。

私はイリエと三ツ葉と一緒に旅する事ができたのかもしれない。

 

 

 

 

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